モテ女は純愛で不幸になるかも

もしもスカーレット・オハラが、アシュレイに恋なんぞしなかったら、腹立ちまぎれにメラニーの兄と急いで結婚して未亡人になることもなかっただろうし、レット・バトラーとも幸福に暮らしてゆけただろう。

他にも、いくらでも男性は群がっていたのに、スカーレッ卜ときたら、よりによって最も結ばれる確率の低い男性を、「純愛」の、しかも片想いの相手に選んでしまったのだ。

もっとも、恋は障害の大きいほど燃えるものだから。スカーレッ卜も叶わぬ相手ゆえに、「純愛」の虜となり、みすみす自ら幸福への扉を閉ざしてしまったのだ。そのあげく、レット・バトラーにも去られてしまった。

名作の続編を原作者でもない他人が考えるのは、ナンセンスではあるが、スカーレッ卜はきっとその後もモテ続けるだろう。もし彼女が、そんなモテ生活を楽しみ、なんならカネに物を言わせてヨーロッパ社交界に入れば、(南部貴族ではなく本物の)貴公子たちに取り巻かれることだろう。

へ夕に「純愛」に関わらず、モテ女は享楽と打算で生きてゆけば、そう悪い人生ではなかったはずなのだ。

『マノン・レスコー』(1731)の同名ヒロインは、その点で大失敗をし、命までも失ってしまった。モテ女が純愛に関わった悲劇の見本みたいな物語である。

まだ若い騎士グリュウは、修道院に送られる美しいマノンに一目惚れし、二人でパリヘ駆け落ちした。「彼女の才知、心情、優しさ、美しさ」がグリュウを魅了したのだが、彼は「もしもマノンが私に貞節でさえあったら、おそらく私は一生幸福であったろうと思う」とあるように、彼女の最大の欠点は「浮気性」だったのだ。

「浮気」といっても、マノンの気持ちはいつもグリュウに向いているようなのだが、彼女は豪奢な生活を提示されると、すぐに身体が移動してしまうのだ。

グリュウにとって不幸なことに、モテ女のマノンの前には、次々と金持ちの誘惑者が現れる。なにしろ駆け落ちから十二日後には、彼女はすでにパトロンを得、その男性からもらったカネを、グリュウとの生活費および遊興費に充てていたのだ。

父親に連れ戻され、この事実を知ったグリュウは失意のうちにマノンと別れることを決心。僧侶になるべく、真面目に学んでいたのだが、またもやその前にマノンが現れ、二人は一緒に暮らし始める。

だがそれも、贅沢な生活ができるあいだのことで、大部分の財産が使用人に盗まれるや、マノンはさっさと次のパトロンの元に去る。

グリュウヘの手紙は「あたしの愛する騎士よ」で始まっているのだが、自分の浮気というか売春的行為については、次のように正当化する。

けれども。哀れな、いとしい人よ、あなたはそう思いませんこと? あたしたちの今のような身のうえでは、女の操なんて、つまらない美徳だって。パンなしで恋が語れるとお思いになって?

もしグリュウがさっさとマノンをあきらめたなら、彼女は羽振りのいいパトロンと、面白おかしい毎日を楽しみ、まあそれはそれで結構な人生を送れたかもしれない。ところが彼女はグリュウヘの愛ゆえにパトロンを裏切り、グリュウもまたマノンを取り戻そうと軽率な行為を繰り返し、結局、マノンはアメリカへ送られることになる。

グリュウは、恋しいマノンとともに渡米するのだが、そこでもモテ女の彼女に、司政官の甥・サンヌレ氏が惚れてしまう。ここでもグリュウとの恋愛がなければ、マノンのことだから、サンヌレ夫人におさまるか、それともさらなる有力者を魅了したかもしれない。

ところが、グリュウがサンヌレと決闘し、相手を殺したと勘違いしたため、彼はマノンと逃亡。疲労のため彼女は死んでしまうのだ。

この悲劇的な結末を見る限り、マノンはグリュウとの純愛にかかわらず、モテ女のゴージャスライフを追求していればよかったのだ。いくらグリュウを愛しても、彼女自身、モテ生活を楽しむ性であることは明白なのだから。たとえ無事にアメリカでグリュウが彼女と結婚できたとしても、モテ女で貞操観念のまるでないマノンが浮気する可能性は大きいと、誰しも思うことだろう。